池田の底辺下り坂

フリーター。ADHDと不安障害。生きづらい毎日の記録。

コロナの前から生きづらかった

 2020年はコロナウイルス・パンデミックで社会が一変した。しかし私にとっては、これまで通りの「生きづらい生活」が続いているだけである。

 

コロナの前からソーシャルディスタンスを保ってきた。

人と関わることが苦手で、幼少期から無意識に3密を避けてきた。大きな声は出したくても出せなかったし、カラオケは1人で通ったし、5人以下なんて制限されなくても外食は1人で行った。「新しい生活様式」は私にとって新しくも何ともなかった。

 

コロナの前からステイホームをしてきた。

中学時代は1年間不登校で、通信制高校を卒業し、何とか社会に出た。一人暮らしを始めてからも、休日は家にこもり、人と会わない。ワンルームの部屋だけが、唯一心安らげる場所であり、社会生活で疲れた心を休ませてくれる。

GWに「自粛疲れ」なんて言葉が流行ったのは、意味が分からなかった。普通の人間は家にいると疲れるのか、と驚いた。

 

コロナの前からマスクが手放せなかった。

夏以外は、マスクで顔を隠してきた。今年は夏も堂々とマスクをつけれて嬉しかった。

 

コロナの前から雇用が不安定だった。

看護師になったものの、発達障害とうつ病で、3ヶ月持たなかった。

日雇い労働、派遣でコールセンター、日雇い労働、冷凍倉庫での仕分けバイト、介護のバイト、そして製造のアルバイト。仕事とお金に悩んできた20代だった。

アルバイト先の会社が、コロナの影響を受けなかったのは恵まれていた。しかし仮に失業しても、私にとって大きな変化ではない。

 

コロナの前から生活が苦しかった。

貯金はゼロで、家賃が引き落としできずにクレカで借りたこともある。ボーナスは人生で一度も貰ったことがない。一律給付で10万円が振り込まれたり、Gotoイートで予約サイトをループして1人で外食をした。むしろコロナ渦で金銭的余裕が生まれた。

 

コロナによって、多くの人が抱いている「生きづらさ」「苦しさ」は、これまで少数派の社会不適合者が抱いてきたものだ。

 

自分と同じ生きづらい日常を、多くの人が共有している。そう思うと、少しだけ疎外感が和らいだ。

デジタル化、リモート、キャッシュレス、規制改革。これまで馴染まなかった社会が、一気に変容していく。アフターコロナの社会は、むしろ私にとって生きやすくなるかもしれない。そんな希望もわずかに抱いた。

 

1日でも早く終息してほしいと思う。

自分のお店を失ったり、大切な家族を失ったり、私とは比べものにならない悲しみを味わった人もいるだろう。

有名人が亡くなったニュースは胸が締め付けられるし、感染が長引けば日本経済全体が大きなダメージを受ける。結果的に私の生活も苦しくなる。

 

コロナ渦が長引いてほしいとは全く思わない。それでも、ついコロナ渦に居心地の良さを感じてしまう、悪い自分がいる。

 

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